伊藤工務店社長のブログ
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似てるけど。。。

投稿者名:伊藤コウムテン社長 2011年08月13日(土)

初めて、母校の合唱部OBによる定期演奏会に行って来ました。

演奏の合間、知っている人はいないかな、と思い、辺りを見回すと、見覚えのある御顔が。

母校の先生であったとはいえ、合唱部には縁もゆかりも無いはずだし、それにしては顔立ちや髪の白さがそっくりだし、恐る恐る近づいてみると、やはり高校1年の時に担任をしていただいた恩師の対馬先生でした。

あの頃は大嫌いだったのに、今では会うと嬉しい気持ちがこみ上げてくるから不思議なものです。

以前、私が予備校で働いていた頃は、旭川東高校の進路指導部長をされていて、模擬試験の営業の際には、ずいぶん“可愛がって”もらったものです。

そんな経緯もあり、高校の時はほとんど構って貰えなかった自分でも、今日お会いした時に「あんたとは腐れ縁だから」と云われると、抱き締めたくなりました。

もちろんそんなことはしませんでしたが。

それにしても、義理で行った演奏会でしたが、思いがけない再会があり、sayuriさんに誘っていただいたことを深く感謝しています。

演奏会の中身も東日本大震災の復興と鎮魂の祈りを込めたもので、宮沢賢治の『雨ニモマケズ』を取り入れていてなかなか良かったと思いました。

お陰で気分も、なんかいい感じです。

来年はわからないけど。。。

再会

投稿者名:伊藤コウムテン社長 2011年08月05日(金)

大通りビアガーデンでの出来事。

こんなに人がいたら、「誰かに会うんじゃないか」という予感を感じながら、飲んでいると、出ました、

見覚えのある顔が。

「まんじ」、思わず叫びました。

うちわネタでごめんなさい。

高校1年の時のクラスメートで、高校卒業以来会った覚えが無いので30年ぶりの再会になるはずです。

高校入学したての頃、彼は今は無き万字中出身、私は三川中出身という田舎者同士で、クラスには出身中学の人間がいない中、最も早く友だちになったのが彼でした。ちなみに彼は「まんじ」、私は「みかわ」と呼ばれていました。

現在は、札幌市内で小学校か中学校の先生をしていて、友人を通じて本人のことや娘のことなど、いい噂だけを聞いてはいました。

懐かしさのあまりテンションはあがりましたが、お互い予定もあり、ゆっくりと腰を落ち着けて話すことは出来ませんでした。

それでも真夏の夕べのひと時、懐かしさと同時に喜びを感じさせてくれました。

5時間

投稿者名:伊藤コウムテン社長 2011年07月31日(日)

土曜の夜、学生時代に学習塾でアルバイトをしていた時の仲間と大通ビアガーデンに集まりました。

中には、当人の結婚式以来会っていなかったというのもいて、子どもが今年高校1年生ということなので、16、7年振りということになり、懐かしさも一潮でした。

その結婚式では余興で、私が北島三郎の『北の漁場』を唄っていたそうで、記憶を無くしてしまっている私は、歳月の長さを痛感せずにはいられませんでした。

最近ではめったに行かなくなったカラオケボックスですが、昔はこのメンバーを中心によく行ったもので、二次会は当然のようにカラオケボックスへと流れて行きました。

当時のように遠慮することなく、思い思いの曲をリクエストしては唄う、の繰り返しで、気がついてみると、カラオケボックスに5時間以上もいたことになり、ちょっと唖然としてしまいました。

みんなと久しぶりに会って楽しいひと時に浸りながらも、今現在奮闘している話に勇気ももらい、なかなか味わい深い夜でありました。

せっかく昔の生徒がやっている店を訪ねたのに、閉まっていたため、記念に店の前で撮ってみました。

Bar TIME

投稿者名:伊藤コウムテン社長 2011年07月25日(月)

先週の土曜の夜、美唄で飲んでました。

小学6年から中学2年の夏まで、同級生だった“もとい”がやっている『TIME』という名のバーで、当時の同級生4人で押し掛けて来ました。

三川に住む“たかよし”の結婚パーティーで、20年ぶりくらいで再会し、その時に「飲みに行くから」と約束してから、早6年、やっと約束を果たすことができました。

建物そのものは古いので、店もそれなりですが、細々(こまごま)とした装飾は一切無く、掃除も行き届いていて、男一人で切り盛りしているにしては、印象は良かったです。

開店して13年経つそうで、当初は生バンドがいたということですが、近所からの音の苦情に屈してしまったそうです。

店内に数点飾られていたモノクロの写真があって、森山大道という写真家が1978年に北海道の各地で撮影したものらしく、そこには当時の生活感溢れる街角の風景がありました。1978年といえば、高校1年生の頃で、思わず郷愁に誘われ見入ってしまいました。

もともと“もとい”は、東京でプロのカメラマンをやっていて、森山大道は専門学校に通っていた頃の先生でもあったそうです。

昔の同級生が5人集まれば、当然昔話に花が咲き、隠されていた真実も発覚するなど、話も尽きることなく、おいしいお酒をいただいて参りました。

酒も飲まずに運転手を務めてくれた“たかよし”には感謝しています。そして次回もまたお願いします。

池田にて

投稿者名:伊藤コウムテン社長 2011年07月09日(土)

今日は、十勝の池田町で、アース21十勝支部、毎年恒例のバーベキュー大会に出席して来ました。

最高気温32℃という炎天下の中、お酒とご馳走で暑さをまぎらせながら、楽しい夏のひと時を過ごさせていただきました。

写真にあるもの以外、ステーキ、ハンバーグ、ホタテ、カルビ、ピザ、ホッケ、メロン、イチゴ、マグロカマまであり、大いに食いまくり、お酒も1989年産のワインも飲めて十勝の夏を堪能させていただきました。

帰りは池田町にあるハッピネスデーリィでアイスクリームもいただいて来ました。

一休みしましたが、夜になっても暑いです。

今夜は帯広に宿泊し、明日は午前中に帰ります。

同行させていだいている、由仁出身の先輩でもある某社社長さんも起き出すと思われるので、そろそろ夜の部が始まりそうです。

日中はいていたパンツをはくか、新しいパンツをはくか迷っています。

あと22日

投稿者名:伊藤コウムテン社長 2011年07月02日(土)

今朝、テレビを点けたら、画面の左下に「アナログ放送終了まであと22日」という表示がされていました。

今日は日中、外にいましたが、暑くて暑くて体感では真夏日の感じでしたが、実際には25度くらいしか行ってなかったとか。

夕方、東京にいる友人から久しぶりに電話がありました。

六本木や西麻布のお洒落なレストランなどの店舗施工をしている会社の社長なんですが、ずーっと順調に飛ぶ鳥を落とす勢いで業績を上げていたのですが、ここ2,3年ありがちなことで足を引っ張られてしまい、振り出しに戻らされていました。

その原因について、口では「このやろう」と云いつつも、全く恨んでいる素振りは見せない強さに、このままでは終わらないものと私は感じていました。

今日の電話によると、復活の兆しが見えて来たようでした。

ここぞとばかり、自分が悩んでいることをその友人に打ち明けてみると、適切で尚且つ優しいアドバイスをしてくれ、前向きな気持ちにさせてくれました。

風呂上りにビールを飲みながら、パンツもはかないでいると、こんなことを書いてしまうものなのか。

栗山JC卒業式

投稿者名:伊藤コウムテン社長 2011年05月29日(日)

昨日、㈳栗山青年会議所の卒業式が小林酒造のなつかしホールで行われました。

本当は3月に行われるはずでしたが、東日本大震災が起きたため自粛し、昨日に至った次第です。

JCの卒業式は、昔の仲間と旧交を温めるいい機会なので楽しみにしていて、できるだけ毎年、出席するようにしています。

今年、卒業したのは3人でしたが、その中のO橋君は、由仁町民で、私と同時期に入会した経緯があります。

そのO橋君、あいさつで、あろうことか8年前の私の卒業式でのある発言のことを持ち出し、私にしてみれば古傷を触られた気分で、非常に焦りました。

8年前の出来事を、もうみんなは忘れていたはずで、それを蒸し返され、苦笑いしかできませんでした。

それでも、みんなと久しぶりに楽しいひと時を送ることができ、いい宴の夜でありました。

ガソリンスタンドにて

投稿者名:伊藤コウムテン社長 2011年05月05日(木)

三連休最終日、せっかく晴れたというのに、外出はコンビニへ行くだけで、こもっていました。

夕方になり、ブログのネタも無いし、ネタ探しにちょっと変わったものでも食べに出かけようかな、と思い、いつものガソリンスタンドで給油をしてもらっていると、待合の中に見覚えのある顔が。。。。。

知らない人はごめんなさい。そこに、小学校5、6年、中学1年、高校3年間、予備校1年間一緒だった『たけし』が居ました。

彼の実家は、私の家から3分くらいのところにあって、10年以上昔に一度だけ拙宅を訪ねてくれたことがありましたが、最近は全く疎遠になっていました。

家族で寿司を食べに行こうとしたところ、クルマがパンクして修理してもらっているところでした。

家族は寿司屋に送ったということで、二人きりで気兼ねなく、近況について話せました。

今も変わらず札幌市内で小学校の先生をしていて、子供も二人いて、上の子は中2になったとか。

最後に「ブログに載せるから、一枚撮らせて」と云うと、快く逆光の位置から身体を移動してくれました。

こうして写真で見ると、昔より頭が小さくなったような。。。。。

昨夜は

投稿者名:伊藤コウムテン社長 2011年05月02日(月)

「ベンチプレスで120kg上げてる。」「出張で中国に行った時、腕相撲で負けたことが無いと云っていた屈強な中国人と腕相撲して勝っちゃった。」「リベンジで左腕でも挑まれたけど、また勝っちゃった。」といった話をしてくれながら、タカトと二人で飲んだのが、42歳の正月だった。

高校の同級生で、大学からはタカトは東京に行ってしまったので、一緒に飲むのは数年ぶりのことだった。

それから5年後の一昨年、タカトの訃報が飛び込んで来た。くも膜下出血だった。アスレチックジムでトレーニング中に起きた出来事だった。

そして昨夜、タカトの奥さんが、「タカトの高校時代の友人と会ってみたい」ということで、はるばる東京から札幌に来てくれて、高校時代の友人が数名集まった。

奥さんとは初対面だったけどれど、タカトの思い出話に花が咲き、かけがえのない時間を過ごすことができた。

ダンナの高校時代の友人に興味を持って、わざわざ東京から会いに来てくれたことが嬉しかったし、また、そんなことをしてくれる奥さんて「いいな」と思ったし、何よりタカトは、その素晴らしい奥さんと二人の子供がいて幸せな家族を築いていたことを改めて知ることができた夜だった。

今度、奥さんが北海道に来られた時には、高校時代を過ごした岩見沢を案内することを約束して再会を誓ったのでした。

宴のあと

投稿者名:伊藤コウムテン社長 2011年05月01日(日)

昨夜、拙宅で飲み会をしました。

私以外の3人が4、5月生まれということで、年甲斐もなく『お誕生日会』と相成りました。

今回は、二回目のせいか、遠慮も無くなり、唯一人、誕生日ではない私に向かって「ホント、何も用意しないもんね」という容赦のない言葉を浴びせて来ました。

たしかに云われる通りかもしれませんが、言い訳を云わせてもらえば、普段怠けているため、必死になって家中を掃除するのがやっとで余裕がないのが正直なところです。お陰で、家の中が片付くので、いい機会であるとは思っていますが。

来年からは、何か考えようとは思います。

今年は、誕生日の当事者でもある中島エレキちゃんが、買い出しからすべて用意してくれました。

出席者それぞれのリクエストを聞き入れているので、ホント、ご苦労さんだったと思います。

ちなみに私のリクエストは他愛のないもので、『プロ野球ポテトチップス』でした。

今日は、昨夜の食べ残しの寿司やフライドチキンや枝豆を食いまくって、お腹がパンパンです。

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